2006年12月31日日曜日

2005年2006年サラリー生活

久しぶりのサラリーマン生活を過ごす。
やればできるぞ。まだまだ奉公もできるぞ。

あっという間に部長職になるも給与は少ない。
うーむ、生活ができないが、意地でもやめずにしばし頑張る。

しかし、サラリーマンの間に何も無かったような、
ただ時間が過ぎただけのような、もったいない。

やはり、商売人の血が騒ぐのか、来年早々には独立だ!

2005年3月31日木曜日

個人信用登録

銀行系の全銀協、クレジット系のCIC、信販系の全情連、テラネット等、
色々あるが、情報は繋がっているらしい。
特に公報情報は回るので、当分というかもう浮かばれませんね。
借金もできないけど、ローンで家も車も買えません。

でも、その道の達人がいて、ばんばんできるとのこと。本当か?
とりあえず、カードだけは作っておく。
ここらは、後日ノウハウにできるかも。

超ブラックでも問題ありません。

2004年12月30日木曜日

ということでもう一度

世界一周。

今回のコース(都市名)は下記の通り。
東京~ホノルル~バンクーバー~モントリオール~イエローナイフ~マイアミ
~ニューヨーク~ロンドン~フランクフルト~アントワープ~ムンバイ~
バンコク~上海~東京
今回はシンプルな行程だが、海外で免許を2つゲットしました。
USA運転免許証とスキューバダイビング認定カード(OWD)

初めてのオーロラ&DIAVIK鉱山見学、マイアミから初めてのクルーザーで
カリブ海バハマで潜る。奇跡の海か。

とかく、いつも遊びも精一杯するのが私であります。

オーロラの動画見つけました!

2004年6月30日水曜日

久々の海外出張

気が緩んではいないが、どうせならということで、東に向かって
日本に戻るまで、つまり世界一周に出た。もちろん一人旅。

ダイナースカード等他のゴールド・プラチナカードのほとんど消滅したが、
実はマイルが残っていて、それも世界2週できるくらいあったので、
今回ただで行くことにした。

いつも思い切った事をしてきたが、今回は新作ジュリエリーをカルネで持ちまわった。
カルネとは、ほとんどの国が加盟している、サンプル見本持込のための
関税を払わずに済ます大きな手帳である。これがなく、そのまま入国したり出国すると
犯罪である。実際以前に知り合いの会社員がタイの拘置所に泊められた事があり、
臭いし、とにかく人間がいられる場所ではないらしいとさんざん聞かされていた。

それにも拘らず、最初の訪問国であるタイでそのまま通過してしまった。
でも、再度税関を探して、初めてカルネを見せました。スタンプ押し。

オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ベネズエラ、アメリカ、そしてベルギーへ。
久々の知人に会い、大いに飲む。ここでしばし滞在する。

今回はここから南アフリカに行き、再度ドイツに戻り、インドへ。
ここでは仕事もあり数週間の滞在である。ひどい下痢はいつも通りだが、
それより、知らない国々の田舎でそこの人々と飲み食べ、文化を肌で知るのは
本当に刺激的である。

最後はコース変更して、タイから上海経由で1ヶ月の旅は終了した。

2003年11月1日土曜日

いよいよ地裁へ

現況に影響の無いように、わざわざ住民票を移して
異なる県で自己破産を申し立てた。
当然、あれだけあった不動産も処分できたので
資産は何も無くあっさりと同時廃止となる。

しかし、数度お伺いしたが、地裁では同じ申し立ての方々が
いたが、半分以上は女性でしかも派手である。
直感的に宝石好きな感じが判る。こんなカード破産みたいな人達と
同じ扱いなのか、同じことなんだと思うと少し悔しい。

弁護士から破産決定書なるものをいただく。

そして約2ヵ月後免責決定通知書なるものをいただく。
あまり人様に見せられないけど、大事に保管しておこう。

2003年1月1日水曜日

信じていた者の裏切り

ほとんどの人間が私から離れていった。
毎日のように飲んでた知人もだ。
Xデーから1ヶ月の間に何十冊も関連の本を読みあさった。
その中に、全ての知人と関係を絶つ勇気を持て、との内容が
あったので、淡々と私からもあえて近づかないようにしていったのだ。

しかし、その中でも今後の商売を応援したいと近づき、
気がつくと、私への債務をずるずると1年以上も払わない者もいた。
私が逆の立場なら、早めに支払い、復帰させる所だが、
裏切りに人生初めて会った。本当に人間とは小さいモノと感じた。

1年以上が過ぎ、やっと少しは自分らしくなったかなと思うも、
やはり、以前の商売と同業種ではとても不可能と判断し、
法的に処理する話で打ち合わせを始める。

2002年4月10日水曜日

子供の入学式

新たな場所での幼稚園に短期だけ所属させ、そのまま
小学校の入学式を迎えた。
今まで、こんな間近で子供たちを見たことは無かったかも。
人生は終わりではない。新しい人生がここにはある。

人生のやり直しはこんな田舎で緑が多い所で良かった。
環境はとても大事だと思う。

自分の仕事もまずまずで、大儲けもできないが、食うのには困らなかった。
業界に縛られているのか、夜間学校で彫金・堀留・ワックス制作に通い始める。
若い人、私より年配の人、いろいろな人生がそこにはある。
でも、社長といわれると、つい振り返ってしまうのは情けない。