2003年1月1日水曜日

信じていた者の裏切り

ほとんどの人間が私から離れていった。
毎日のように飲んでた知人もだ。
Xデーから1ヶ月の間に何十冊も関連の本を読みあさった。
その中に、全ての知人と関係を絶つ勇気を持て、との内容が
あったので、淡々と私からもあえて近づかないようにしていったのだ。

しかし、その中でも今後の商売を応援したいと近づき、
気がつくと、私への債務をずるずると1年以上も払わない者もいた。
私が逆の立場なら、早めに支払い、復帰させる所だが、
裏切りに人生初めて会った。本当に人間とは小さいモノと感じた。

1年以上が過ぎ、やっと少しは自分らしくなったかなと思うも、
やはり、以前の商売と同業種ではとても不可能と判断し、
法的に処理する話で打ち合わせを始める。

2002年4月10日水曜日

子供の入学式

新たな場所での幼稚園に短期だけ所属させ、そのまま
小学校の入学式を迎えた。
今まで、こんな間近で子供たちを見たことは無かったかも。
人生は終わりではない。新しい人生がここにはある。

人生のやり直しはこんな田舎で緑が多い所で良かった。
環境はとても大事だと思う。

自分の仕事もまずまずで、大儲けもできないが、食うのには困らなかった。
業界に縛られているのか、夜間学校で彫金・堀留・ワックス制作に通い始める。
若い人、私より年配の人、いろいろな人生がそこにはある。
でも、社長といわれると、つい振り返ってしまうのは情けない。

2001年11月15日木曜日

Xデーから1ヵ月

やっと落ち着きを少し戻し、とにかく生活の場を見つけるのが先決。

法律事務所からも最低限の生活レベルは大丈夫と言われる。

田舎に部屋を借り、新生活が始まる。

子供がまだ小さくて良かったとつくづく思う。

それにしても、ああすれば良かったとかこうしておけば良かったなとか

思うが、全てを無くしても、また多少恨まれても、精一杯生きてきたし

仕事に全てをかけていたので、後悔はすまいと自分に言い聞かす。

似た分野で個人商売を始める。店を持たず材料の卸販売のみに徹する。

2001年10月15日月曜日

当日朝、法律事務所へ

昨日決めたとおり、朝一で法律事務所に向かう。

ひどく青ざめた顔で(後で言われたのだが)、経緯と今後の相談。

最初に犯罪行為ではない、単に払えなくなっただけじゃないと言われ、

妙に落ち着いた。これで盾ができたのかな、と感じていた。

とうとう、銀行閉店時間15時経過するも、案外連絡なし。

17時頃から先ずはメインバンクから携帯に連絡あり。

当然ながら携帯の電源は落としてあり、臨時のウィークリーマンションにて

手続きに入り、即入居する。

夜は開き直って携帯にかかる電話を全て受けた。

10分おきにかかる電話、全てに謝るしかなかった。

信頼していた業者も手のひらを返したような態度で挑んでくる。

この日から携帯が止まる1週間くらいが、人生で最も暗かったかも。

2001年10月14日日曜日

事実上の倒産を決意(前日夜)

何も贅沢もしてない。自分用に私物も買ってもいない。

ただただ毎月毎月、経営する会社の資金繰りに追われていた。

従業員の給与だけは最優先して払ってきた。

しかし、今後の展開見込みも考慮し、Xデーの前日に

当時の幹部を集め、それぞれの見解を出し合った。

明日の手形期日分の決済がもはや不可能だ。

後で思えば、落ち着いて対処し、まだ打つ手はあったかもしれない。

皆で出した結論は明日朝一で法律事務所に駆け込む、つまり

明日から営業を停止することにした。

この時は、その後に大変な毎日が訪れるとは考える余裕すら無かった。